【凡例】
*本巻には、奈良時代?から江戸?時代?の螺鈿・鎌倉彫・沈金の作品100点、132図を収録した。
*作品は原則として各技法別に、時代?を追って配列した。
*図版番号は各図版に付し、作品ごとに名称・指定・所蔵を記した。
*所蔵は、個人蔵については記載を省略した。
*作品の時代?・世紀?・寸法は。作品解説において個々に付した。
【作品目録】
唐?花螺鈿玉術帯箱 正倉院
花鳥金銀平文箱 正倉院
宝相華平文袈裟箱 重要文化財 根津美術館
沃懸地猫雀螺鈿毛抜形大刀 国宝 春日大社
宝相華螺鈿平胡録 国宝 春日大社
黒漆平文笏箱 国宝 春日大社
黒漆平文根古志形鏡台 国宝 春日大社
黒漆平文唐?櫛笥・台 国宝 春日大社
三鈷螺鈿八角須弥壇 国宝 中尊寺
宝相華螺鈿案 国宝 中尊寺
宝相華螺鈿如意 重要文化財 醍醐寺
題唐?草螺鈿礼盤 重要文化財 救世熱海美術館
宝相華螺鈿磬架 国宝 中尊寺
宝相華螺鈿燈台 国宝 中尊寺
蓮唐?草螺鈿蒔絵蝶形卓 重要文化財 白鶴美術館
巡唐?草螺鈿緤形卓 重要文化財 金剛寺
宝相華螺鈿卓 重要文化財 東大寺
花鳥螺鈿説相箱 重要文化財 大和文華館
波籠螺鈿説相箱 重要文化財
宝相華螺鈿説相箱 重要文化財 醍醐寺
洲浜鵜螺鈿硯箱 重要文化財
鳳凰円文螺鈿唐?櫃 重要文化財 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)
荻螺鈿鞍 重要文化財 東京国立博物館
獅子螺鈿鞍 重要文化財 東京国立博物館
円文螺鈿鞍 国宝 武蔵御嶽神社
柏木菟螺鈿鞍 国宝 永青文庫
時雨螺鈿鞍 国宝 永青文庫
桜螺鈿鞍 重要文化財 文化庁
牡丹螺鈿鞍 重要文化財 白山比畔神社
菊螺鈿鞍
南蛮人螺鈿蒔絵鞍 東京国立博物館
桜花螺鈿椀 明?月院
花唐?草螺鈿膳 明?月院
花唐?草螺鈿経箱 本阿弥光悦作 重要文化財 本法寺
花唐?草螺鈿文箱
菊螺鈿硯箱 サントリー美術館
花唐?草螺鈿箱 救世熱海美術館
葡萄螺鈿短檠 大和文華館
鯛螺鈿湯桶 サントリー美術館
花文螺鈿蒔絵焚殼入 東京国立博物館
花唐?草螺鈿筆筒 サントリー美術館
梶葉螺鈿沈金高杯 サントリー美術館
搶梅螺鈿蒔絵重箱 サントリー美術館
縞文螺鈿茶箱 サントリー美術館
牡丹鎌倉彫大香合
重要文化財 南禅寺
牡丹唐?草鎌倉彫前机 重要文化財 円覚寺
屈輸鎌倉彫大香合 泉涌寺
屈輪彫鎌倉彫香合 大和文華館
屈輪鎌倉彫大香合 金蓮寺
屈輪鎌倉彫大香合 知恩寺
屈輪鎌倉彫大香合 円覚寺
屈輪鎌倉彫大香合 妙興寺
屈輪鎌倉彫香合 大和文華館
屈輪鎌倉彫香合鎌倉国宝館
屈輪鎌倉彫卓 藤田美術館
鎌倉彫蓮華形合子
鎌倉彫蓮華形念珠箱 藤田美術館
牡丹鎌倉彫大香合 東京国立博物館
菊唐?草鎌倉彫大香合 鶴岡八幡宮
牡丹鎌倉彫香合 根津美術館
牡丹鎌倉彫大香合 大和文華館
牡丹鎌倉彫香合
牡丹鎌倉彫香合 大和文華館
獅子牡丹鎌介彫香合 梅沢記念館
布袋鎌倉彫香合 畠山記念館
寿老人鎌倉彫香合 根津美術館
不動明?王鎌倉彫香合
葦葉達磨鎌介彫香合 畠山記念館
牡丹鎌倉彫四方盆
阿弥陀来迎図鎌倉彫鉦架支板 東京国立博物館
阿弥陀如来図鎌倉彫鉦架支板
阿弥陀三尊愛染明?王図鎌倉彫鉦架支板
椿鎌倉彫笈 重要文化財 示現寺
椿鎌倉彫笈 部分 重要文化財
椿蓬莱鎌倉彫笈 中尊寺
蓬莱鎌倉彫重箱 東京国立博物館
梅花鎌倉彫茶器
菊剣菱鎌倉彫茶器
松月波鎌倉彫香合 東京国立博物館
秋草螽斯鎌倉彫香合 大和文華館
獅子鎌倉彫香合 神奈川県立博物館
水鳥鎌倉彫香合 大和文華館
桐鎌倉彫香合 藤田美術館
潯陽江鎌倉彫香合 銘猩々 根津美術館
鯉鎌倉彫香合
蓬莱沈金手箱 東京国立博物館
楼閣人物沈金手箱 櫨林寺
蓬莱沈金手箱 東京国立博物館
鳳凰沈金手箱 重要文化財 白山比咩神社
葡萄沈金軸物箱 東京国立博物館
鳳凰沈金篳篥箱 東京国立博物館
楼閣人物沈金文台 小松天満宮
鳳凰桐紋沈金経箱 勧学院密厳寺
鶴丸沈金銚子
葡萄栗鼠沈金太鼓樽 サントリー美術館
牡丹沈金食籠 サントリー美術館
万歳門松沈金徳利
波鶴沈金歯黒箱
猿沈金盆 伝城雅水作 輪島漆器商工業協同紐合
蒟醤塗料紙箱 玉楮象谷作 松平公益会
【和風化の軌跡】より一部紹介 岡田護
嵌装と刻彫
螺鈿と平文の美
漆器には、蒔絵のほかにさまざまの装飾が加えられる。漆器の表而を漆で塗り上げて仕上げる方法、すなわち漆器の生命となる(髪冠に休)漆を筆頭に、その表面に彩漆や彩油で文様を描く漆絵・密陀絵があり、また漆器の尖面に貝板や金や銀の薄板を文様に切って嵌め込む螺鈿・平文(平脱)があり、さらに塗り重ねた漆の厚い層に文様を彫り込む堆朱・堆黒の類、それを真似て木製素地に彫りを施したうえ漆をかけた鎌倉彫、漆器の面に針刻によって刻線文様をつけ、それに金箔を沈めて金線文様をつくる沈金などがある。以上は漆器の加飾としてそれぞれの歴史と特色を示してわが国漆器に光彩を添えたわけだが、この巻ではそれらのなかの螺鈿と平文、鎌倉彫、沈金を取り上げることになっている。
螺鈿は夜光貝や飽貝などの貝殻をすって板にし、それを文様に切り抜き、下地に貼って文様につくり、全体を漆で塗り込めたうえ、文様部の漆膜を剥ぎ起すか、木炭で研いで文様部を表すかした技法である。平文は貝板が薄い金属板に代?ったもので、漆膜を剥ぎ起すか、研ぎ出すかして文様を表す手法も原理的には螺鈿と同じであり、この両者を併せて旅装の法とみることができる。この種の嵌装の法は他工芸でもしばしば行われる技法であり、例えば金属工芸における鉄地に銀板を嵌め込んで文様を出す近世の加賀象嵌、木工芸における紫檀地に牙角や黄楊・鉄刀木などを嵌入して花鳥などを表す奈良朝の木画などがそれであり、陶磁工芸における器の上肌に文様を線彫し、全面に白土をかけて後にこれを拭い取り、その上に釉をかけて白い文様を出した近世の三島写しもこれに近い手法のものといえよう。
異質の素材で文様を嵌め込みにする技法は、器体の素材のなかで肌理と色感を異にする素材が際立つところに特色がみられるが、殊に黒漆と貝の肌理の対比は魅惑的な視覚的効果を発揮する。明?晰なコントラストをみせる黒と白は。それが古典作品の場合には漆の色も透けて深みのあるものとなり、貝の白もただ純白というのではなく、光の加減で青味を帯びたり微かな黄味を加えたりする。さらに、貝の色調が貝の種類によって異なる点もおもしろい。主として古代?・中世に用いられる夜光貝では青味が少なくて高雅な趣があることは、例えば洲浜鵜螺鈿硯箱(図25)にみられるとおりであり、近世におもに使用される鮑貝では光線を受けて光る青味の変化が強烈で、どこか妖婉な趣のあるのは、光琳の八橋硯箱(第四巻『蒔絵4』図83~89)に蒔絵と一緒に施された燕子花の花の螺鈿がそれを示してくれる。
平文の場合も、黒漆と金属板という異質の材料による色彩感の対比のおもしろさを狙ったと思われるものだが、奈良朝から平安朝にかけての平文装飾による遺品はほとんど銀平文であり、金平文が用いられる場合も銀平文装飾の一部に施されるにすぎない。正倉院宝庫にある、おそらく唐?伝来と想像される平文箱はいずれも銀平文であり、一部に金平文の施されている例外的な遺例となる花鳥金銀平文箱(図2・3)は国産と想定されるものである。それらの銀平文はいずれも現在黒く腐蝕して黒漆地との対比も定かでないが、当初は、黒漆地に映える銀一色は落ち着いて典雅な輝きをみせたにちがいない。
螺鈿も平文も単独に用いられることから発展し、平安朝に入ると、蒔絵と結合してさらに独特の美しさを発揮した。平安朝でいう「蒔絵螺鈿」「沃懸地螺鈿」の類であり。平文の場合は当時の様式語はないが、いわゆる平塵地中に応用された。螺鈿・平文ともに奈良朝に唐?から移植された技法だが、蒔絵と併用されることでまったく日本化したといえる。例えば東京国立博物館の平安朝の手箱(第一巻『蒔絵I』図39~42)では、流れに浮かぶ片輪車の蒔絵文様中に加えられた螺鈿は、やおらかい金色中のアクセントとなって図を引き締めるのに効果的な役割を果たし、畠山記念館の鎌倉時代?の手箱(『蒔絵I』図55~57)では、蝶に牡丹唐?草の蒔絵中に螺鈿と銀平文を交えることで、華やかな装飾文様を一段と派手なものに仕立てている。螺鈿も平文も蒔絵と一体となって当初とは趣を異にした複合的な美しさを発したが。それらの遺例はすでに蒔絵の巻に搭載ずみであり、この巻では螺鈿や平文を加飾技法の主調とする作品に限ることにする。
鎌倉彫と沈金の美
日本的表現のなかに埋没した観のある唐?伝来の螺鈿と平文に代?って、新たに唐?様のスタイルで登場してきたのが鎌倉彫と沈金である。それはかつて奈良朝において、唐?の優れた技術と意匠を誇る螺鈿と平脱(平文)の美しさに打たれて早速それを真似たのと同様、鎌倉時代?以降大変な勢いで流入してきた唐?物の一つ、堆朱(剔紅)などの彫漆類、並びに鎗金を日本流に写したものであった。それらがいつごろ始まるか判っきり捉えにくいが、盛んになるのはおよそ室町後期からであろう。殊に彫漆類の輸入は夥しい量にのぼり、それへの傾倒ぶりは甚だしいものがあったが、それをそのまま真似るには技術的に未熟であった。彫漆にはいろいろと彫法の種類があるものの、原理的には漆を塗り重ねた層に文様を彫り込む手法のものであり、そのため永い時間と緻密な手わざが求められる。ところが当時にあっては、わが国においてそうした仕事をこなすまでに到っていなかった、とみてよいであろう。殊に将来品がみせる精緻な写生的な花鳥とか楼閣山水などの図柄を彫漆の法でこなすには技術的な隔たりがあり、また技術的に処理できるほどの少しく簡略化した図柄を創作する方法を採ればよかったであろうが、そこまで意匠力は成熟していなかったとみるべきであろう。
木地の器体に浮彫を施すことは、金属工芸における薄肉彫の彫金、陶磁工芸における彫花などと共通する技法(以下略)
【作品解説】より一部紹介 荒川浩和・小松大秀・鈴木規夫・灰野昭郎
1唐?花螺鈿玉帯箱
奈良時代? 八世紀?
径二五・六一cm 高八・四cm
正倉院
円形・撫角の印籠蓋造で、底にも丸味をつけた、紺玉帯を入れる容器である。
要所に布を着せて総体に黒漆を塗り、蓋表には、六弁花を中心に八弁唐?花と花卉文八個を二重に配し、さらにその周辺には六弁の花枝八枝を廻らしている。蓋鬘には雲と花卉を、身側面には飛鳥と花卉を、それぞれ六個ずつ交互に配している。
中央の六弁花は金平脱で、その他には螺鈿を用い、花芯には伏彩色をした水晶を嵌め込んでいる。螺鈿には厚い夜光貝を用い、毛彫を施している。正倉院の螺鈿器の多くは木地に施されているが、これは漆塗螺鈿の唯一の完好品である。
23花鳥金銀平文箱
奈良時代?八世紀?
縦三二・九cm 横二六・六cm 高八・五㎝
正倉院
長方形の深い被蓋造で、蓋と身の底には大きく面を取っている。素地は皮で。外面全面に布を着せ、総体に皿一漆を塗り、上に透漆をかけ、口縁には紐を廻らしている。
蓋中央に連珠文で二重円を劃し、中に花をくわえた鳳凰を配し、円の周辺には六羽の花喰鳥を廻らし、四隅に花枝を表している。面取部には連珠交界線内に花卉文を等間隔に配し、蓋鬘と身の側面には連珠文界線内に相対する花をくわえた鳳凰を表し、口縁部には花卉文を配している。技法はすべて金銀の平脱により、金と銀を規則的に配置している。
ほぼ同形・同文の箱が二合ある。
4宝相華平文袈裟箱
平安時代? 九世紀?
重要文化財
縦三八・二cm 横三四・八cm 高一ニ・一㎝
根津美術館
長方形・丸角・合口造の浅い箱で、蓋鬘から甲面にかけて緩い盛上りをみせ、肩には塵居を設ける。蓋・身の縁には錫の覆輪を廻らして置口とする。
総体に黒漆を塗り、表面に毛彫を施した銀の研出平文で文様を表す。蓋表の図柄は、周囲を連珠文で縁取りしたうえ、中央に大きく宝相華を描き、その周辺に忍冬文風の唐?草を配したもので、空間には鳥・蝶を散らしている。全体にほぼ左右相称の構図である。また、蓋鬘から側面にかけても蓋表と同趣の唐?草文を廻らし、蓋裏の中央と四隅には鳥・蝶を組み合せた文様を配している。
平安時代?初期における平文の稀少な遺例の一つであり、また、器形・文様構成ともに同時期の蒔絵作品と共通の特徴を示す注目すべき作品といえる。
5~7沃懸地猫雀螺鈿毛抜形大刀
平安時代? 一ニ世紀?
国宝
長九六・三㎝
春日大社
柄を大きく毛抜の形に透かした大刀で、鐔・口金物・足金物・責金・石突などの金具類は金銅製魚々子地に鳥・蝶を配した宝相華唐?草文を彫り込んでいる。
鞘は全体を金の沃懸地に仕立て、螺鈿を用いて(以下略)
昭和?四年、秋田県に生れる。昭和?三十一年、学習院大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、東京国立博物館工芸課漆工室長、漆工史学会理事、東京芸術大学講師。
著書-「蒔絵」(至文堂)「漆藝文様」(マリア書房)「南蛮漆藝」(美術出版)『彫漆』(フジアート出版)「漆椀百選」(光琳社)共著「琉球漆工藝」(日本経済新聞社)等。
昭和?二十四年、長野県に生れる。昭和?五十年、学習院大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在。東京国立博物館工芸課漆工室員、漆工史学会員。